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ミャンマーの僧院への食の布施 ― 托鉢、正午までの食事、発酵茶葉サラダ

2026年10月10日

食を供することの意味

ミャンマーは上座部仏教が広く信仰されている国です。上座部の僧(比丘)は、戒律上、食べ物を在家の人々からの供養に頼って暮らします。米国にあるミャンマー系寺院の事例を紹介したカールトン大学の資料は、ビルマ系の仏教徒が僧に食を供するのは、戒律によって僧が在家に食を頼る仕組みになっているためだと説明しています。つまり食の布施は、在家にとっては功徳を積む行いであり、僧にとっては修行を続けるための生活の基盤でもある、という関係にあります。

この記事では、僧院への食の布施の概要と、日常の食文化のうち確認できたものをまとめます。なお、ここで紹介する資料の一部は、ミャンマー国内の公的機関ではなく、海外の仏教団体や旅行者向けのガイド、百科事典の記述です。出典が限られる箇所は、本文中でそのように断っています。

托鉢と、僧院へ食べ物を届ける方法

托鉢(パーリ語でピンダパータ)は、僧が鉢を持って家々を回り、在家の人が調理した食べ物を鉢に入れて供養する行いです。マレーシアの仏教団体の説明によると、托鉢中の僧は沈黙を守り、鉢に受けるのは調理済みの食べ物であって、金銭は受け取りません。生米や乾麺のような未調理の食べ物、丸ごとの果物は鉢には入れず、手伝いの人が受け取る例が紹介されています。この説明は上座部の托鉢一般についてのもので、ミャンマーに限った記述ではありません。

ミャンマーの暮らしでは、早朝に僧の列が街を歩く光景がよく知られています。一方、前述のカールトン大学の資料は、僧が食を得る方法は二つあり、鉢を持って歩く托鉢のほかに、人々が僧院へ食べ物を届ける方法が、より一般的だと説明しています。同資料は、僧は在家が直接差し出した食べ物しか食べられないため、在家は小皿を一つずつ渡すのではなく、食卓全体を持ち上げて供養するのだと紹介しています。これは同資料が取り上げる一つの寺院の事例であり、すべての僧院に当てはまるとは限りません。

僧院に食事を供する行事はサンガ・ダーナ(僧団への食の布施)と呼ばれることがあります。旅行者向けのガイド(Insight Myanmar)は、サンガ・ダーナの際に菜食だけを頼むことも可能な場合があるが、僧院の慣習によると述べ、対応できない場合はその制限を受け入れるよう勧めています。

午前中の食事と、正午以降は食べない戒律

上座部の僧は、夜明けから正午までの間にだけ食事をとり、正午を過ぎると固形の食事をとりません。マレーシアの仏教団体の説明は、この時間帯に食事をとり、正午以降は托鉢もしない、としています。カールトン大学の資料によれば、僧が正午前に食べるため、寺院の厨房は午前11時ごろが最も忙しくなります。

この「正午を過ぎたら食べない」という決まりは、僧の戒律(ヴィナヤ)に基づく規則であると一般に説明されています。ただし、今回確認できた資料では、飲み物や薬など例外の細かな扱いについての記述が十分ではありませんでした。細部は宗派や僧院によっても受け止め方が異なるとされるため、この記事ではこれ以上は踏み込みません。

僧は肉を食べないのか

ここは誤解されやすい点です。上座部の僧は、菜食を義務づけられていません。パーリ経典の『ジーヴァカ経』(中部55)には、僧が肉を食べてよい場合と避けるべき場合が述べられています。その内容は、自分のために動物が殺されたところを見ていない、聞いていない、そうではないかと疑う理由もない、という場合には、肉を食べてもよいとされる、というものです。反対に、自分のために殺されたと見聞きした、または疑われる場合には避けます。

ミャンマーの事情を紹介したInsight Myanmarのガイドも、上座部の僧は菜食を求められておらず、供されたものを、自分のために殺された動物でない限り食べてよいと説明しています。同じガイドは、戒律上は許されていても、肉を控えることは在家の間では称賛される徳とみなされる、とも述べています。菜食の僧には特に丁寧な配慮がなされるという記述もあります。

つまり、ミャンマーの僧院の食を「精進料理」や「菜食」と同じものとして扱うことはできません。日本の精進料理は、僧院の調理の場で肉や魚を使わないことを原則としますが、ミャンマーの僧への食の布施は、供される食べ物の内容を菜食に限る仕組みではありません。どちらが優れているということではなく、成り立ちや考え方が異なる別の食文化です。

在家の菜食 ― 任意の実践として

では、人々は肉を食べるのでしょうか。Insight Myanmarのガイドは、ミャンマーでは菜食は主流ではないが尊重される、と述べています。シャン料理には菜食向けの選択肢が比較的多いものの、肉と同じ鍋で調理されることもあるため、厳密に避けたい人は事前の確認が必要だと注意しています。

雨安居(ヴァッサ、仏教の雨期の修行期間。約3か月)の間に、肉や酒、喫煙を控える在家の信者がいることは、一般的な仏教事典の記述にも見られます。Insight Myanmarのガイドも、ワソー(雨安居の始まりの時期)に肉断ちを誓う人がいると述べています。ただし、これらは個人の信仰に基づく任意の実践であり、人によって程度は異なります。ミャンマー国内でどの程度の人が実践しているかを示す統計は、今回の調査では確認できませんでした。

また、歴史上、アラウンパヤー王が牛の屠殺を禁じ、ミンドン王も同様の命令を出したと、同ガイドは紹介しています。出典が旅行者向けガイドであるため、詳細は「〜とされる」にとどめます。

発酵茶葉のサラダ「ラペットゥ」

ミャンマーを代表する食べ物として知られるのが、発酵させた茶葉「ラペット(လက်ဖက်)」と、それを使った和えもの「ラペットゥ」です。ラペットはビルマ語で「発酵した、または漬けた茶」を意味します。ウィキペディアの説明では、伝統的な製法は、若い葉や芽を約5分蒸し、竹の桶や壺に詰めて重しをのせ、自然にできる乳酸菌によって3〜4か月ほど発酵させるものです。仕上げに洗って揉み、にんにく、唐辛子、塩、レモン汁、ピーナッツ油などで味付けするとされています。産地は北部シャン州のナムサンなどが挙げられています。

ラペットは食べ物であると同時に、もてなしの象徴としても知られます。同資料によれば、来客に出す習わしがあり、植民地時代以前には、争いが収まった王国同士の間で和解の印としてやり取りされたとされます。上座部仏教の実践が厳格になるにつれて、公の儀式で酒の代わりにラペットが出されるようになった、という説明もあります。得度式(シンビュー)、結婚式、そして僧に食事を供する場でもマンダレー式のラペットが出されるとされ、僧院への食の布施と茶葉の食文化が結びついていることがうかがえます。

ラペットゥの具材は、地域や家庭によって異なります。同資料は、マンダレー式では仕切りのある漆器に、茶葉のほか、揚げにんにく、ひよこ豆、ラブラブ豆(フジマメ)、エンドウ、炒りごま、ピーナッツ、乾燥えび、しょうがの漬物、揚げココナッツなどが盛られると紹介しています。ヤンゴン式では、トマトや青唐辛子、千切りキャベツなどが加わり、魚醤やごま油、ライム汁で和えるとされます。つまり、ラペットゥは乾燥えびや魚醤を使う型もあり、必ずしも菜食とは限りません。菜食を望む場合は、材料の確認が必要です。

ミャンマーの発酵茶葉サラダ「ラペットゥ」の皿
ミャンマーの発酵茶葉のサラダ「ラペットゥ」。 写真: Wagaung / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

豆を使った料理

ラペットゥにひよこ豆やフジマメなどが入ることは前述のとおりです。そのほか、ミャンマーには豆から作る「豆腐」があります。ウィキペディアの「ビルマ豆腐」の項によると、これは大豆ではなく、ひよこ豆粉または黄エンドウを挽いた粉を水で煮て固めたもので、ターメリックで黄色くなることがあります。シャン族と中国の雲南に由来するとされ、ひよこ豆豆腐の起源がシャン州と中国南部のどちらかは分かっていない、と同項は述べています。

食べ方としては、揚げた「トゥ・チョー」、サラダ「トゥ・トゥ」(ピーナッツ油、醤油、酢、唐辛子、にんにく、ピーナッツ、揚げ玉ねぎ、パクチーなどで和える)、トマトと魚醤で煮るカレー風の料理などが紹介されています。魚醤を使う型もあるため、これも菜食とは限りません。Insight Myanmarのガイドは、シャン州で人気のひよこ豆豆腐が、菜食者にとって手軽なたんぱく源の選択肢になると述べています。

豆料理の種類や調理法は地域によってさまざまだと考えられますが、今回の調査では、家庭料理や地域ごとの豆料理を詳しく扱った信頼できる資料を十分には確認できなかったため、この記事では上記にとどめます。

漆器の器に盛られたラペットの具材と揚げ豆
漆器の器に盛られたラペットと、揚げ豆などの付け合わせ。 写真: mydaydream / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

訪問する人へ

  • 僧院を訪れる際や食の布施に参加する際は、時間帯(正午までに食事が終わる)や、写真撮影などの作法について、現地の案内や僧院の指示に従う。
  • 菜食を希望する場合は、事前にビルマ語などで具体的に伝える。Insight Myanmarのガイドは、僧院や瞑想センターでは事前の依頼を勧めています。ただし、対応は僧院ごとに異なります。
  • 見た目が野菜中心の料理でも、魚醤、乾燥えび、肉と同じ鍋での調理が行われることがあるため、厳密に避けたい場合は材料や調理法を確認する。
  • 菜食か肉食か、どの宗教や文化の食が優れているかを比べず、その土地の人々がどのように食を捧げ、分かち合っているかに目を向ける。

ミャンマーの食の布施は、菜食を目的にした仕組みではなく、僧と在家が互いに支え合うための習わしです。人々の暮らしも、肉を食べる人、期間を決めて控える人、日常的に菜食を選ぶ人とさまざまです。ここで紹介した内容は確認できた資料に基づく概要であり、地域や僧院、個人によって異なる点が多いことをご理解ください。

トップ画像: ミャンマー・マンダレーで、托鉢に並ぶ僧侶へ食べ物を供える様子。 写真: Wagaung / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

出典